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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1833号 判決

原告

比嘉憲松

右訴訟代理人

成毛由和

外三名

被告

成田功

右訴訟代理人

本家重忠

被告

田上未知男

主文

一、被告らは各自原告に対し金八、六二四、八〇一円およびこれのうち金八、一二四、八〇一円に対する、被告成田功については昭和四五年五月一五日から、被告田上未知男については昭和四五年一一月八日から、いずれも支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分しそのの一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四、本判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

(一)  被告らは各自原告に対し金二一、二六〇、八五一円およびこれのうち金一九、三二八、〇四七円に対する、被告成田功については昭和四五年五月一五日から、被告田上未知男については昭和四五年一一月八日から、いずれも支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え、

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする、

との判決および仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  原告の請求を棄却する、

(二)  訴訟費用は原告の負担とする、

との判決。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  事故

次の交通事故が発生した。

1、発生日時 昭和四三年三月九日午後八時一〇分頃

2、発生場所 大阪市住吉区北加賀屋町二丁目三四番地先府道臨海線上

3、事故車 事業用大型貨物自動車(奈一う五八三二号)。

4、右運転者 被告田上未知男(以下被告田上という)。

5、被害者 原告。

6、事故の態様 北から南に向つて進行中の事故車と西から東に向つて横断中の原告とが接触したもの。

7、被害の内容 原告は、本件事故により両下腿開放性挫滅骨折、右鎖骨々折兼左第五中足骨々折、顔面挫創の傷害を受け、昭和四四年一二月八日治癒したが、なお右下腿骨折部の仮関節および変形(仮関節部にて前方に約二三度屈曲)、両側関節部の高度の運動障碍および疼痛、右肩の運動障碍の後遺症がある。

(二)  責任原因

1、被告田上は、市電から降りた原告が横断歩道上を歩行中であつたにもかかわらず、前方注視、一時停止の各義務を怠つた過失により、本件事故を発生させた。

2、被告成田功(以下被告成田という)は事故車を業務用に使用し自己のため運行の用に供していたところ、同人の被用者である被告田上が被告成田の貨物運送業務に従事中に、本件事故が発生した。

3、したがつて被告田上は不法行為者として民法七〇九条に基づき、被告成田は事故車の運行供用者として自賠法三条に基づき、または被告田上の使用者として民法七一五条に基づき、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

原告は本件受傷によりつぎの損害を蒙つた。

1、治療関係費

原告は、本件受傷治療のため、昭和四三年四月二六日から同四四年一月二七日までの二七七日間南港外科病院へ入院し、同月二八日から同年一二月八日まで同病院へ通院し、治療費として金一、八九一、四一〇円、治療雑費として金一五二、〇〇〇円を要した。

2、逸失利益

原告は、年額金九八六、九六八円の収入を得ていたものであり、本件事故当時六四才であつたからなお六年間は就労可能であつたにもかかわらず、本件受傷によつて就労し得なくなつたため、金五、七九七、四五〇円(中間利息控除)の収入を逸失した。

3、附添人費用

原告は、本件受傷によつて附添人を要することとなつたが、附添人費用としては日額金二、五〇〇円(年額金八一二、五〇〇円)を要するので、原告の余命年数である一二年の間には中間利息を控除すると金七、四八七、一八七円を要する。

4、慰藉料

原告は本件受傷のため甚大なる精神的・肉体的苦痛を味わつたが、これを慰藉するには金銭に評価して金四、〇〇〇、〇〇〇円を要する。

5、弁護士費用

原告は、被告らが本件事故による損害を任意に賠償しないので、本件訴訟の提起と追行とを原告訴訟代理人らに委任した際、報酬として金一、九三二、八〇四円を支払うことを約した。

(四)  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、(三)1ないし5の合計金二一、二六〇、八五一円およびこれのうち(三)の5の金一、九三二、八〇四円を除く金一九、三二八、〇四七円に対し、被告成田については本件訴状の同被告方送達の翌日である昭和四五年五月一五日から、被告田上については本件訴状の同被告方送達の日の翌日である同年一一月八日から、いずれも支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)記載の事実のうち、7記載の事実は不知、その余は認める。

(二)  同(二)記載の事実のうち、2記載の事実は認めるが、その余は争う。

(三)  同(三)記載の事実のうち、1記載の事実のうちの入院治療の事実のみ認めるが、その余は不知、

三、過失相殺(被告成田の主張)

仮りに被告田上に過失があつたとしても、本件事故については原告においても、本件事故現場の南方約一三メートルのところにある横断歩道によつて横断しなければならないのみならず、また車両の直前での横断を避けなければならないにもかかわらず、これらを怠つた過失があるから、損害額の算定につき斟酌さるべきである。

四、過失相殺の主張に対する認否

過失相殺の主張事実は争う。

五、証拠〈略〉

理由

一、事故

請求の原因(一)記載の事実については、7、記載の事実を除いて当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、請求の原因(一)7記載の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告主張どおりの事故が発生したことが認められる。

二、責任原因

(一)、請求の原因(二)記載の事実のうち、1、記載の事実については当事者間に争いがない。従つてその余の事実につき判断するまでもなく、前示一の事故発生の事実と相俟つて、被告成田は事故車の運行供用者として自賠法三条に基づき、本件事故によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)、〈証拠〉を総合すると、

1、本件事故現場およびその附近の道路の状況は、両側に歩道、中央に幅員6.1メートルの市電(路面電車)軌道敷部分を有し、同軌道敷部分と東側歩道との間には幅員7.4メートルの南行車道部分を有する見通しの良い道路であり、同車道部分の西寄り部分に同軌道敷東縁に接して長さ(南北)一八メートル、幅(東西)一メートルの市電北加賀屋町停留所安全地帯(以下安全地帯という)があり、本件安全地帯の南端から南へ約一三メートルの地点に北加賀屋町交差点の横断歩道があり、同交差点には信号機が設置してあること。

2被告田上は、事故車が安全地帯より稍や北方の地点附近へ差しかかつた頃、その頃まで事故車と前後しながら南行していた市電(以下市電という)が安全地帯に停止するのを認め、次いで事故車が安全地帯の北端部附近に差しかかつた頃安全地帯中央附近に市電の降車客四〜五名を認めたが、南行車道を横断する者はいないだろうと考え、安全地帯から約1.3メートルのところを時速二〇ないし三〇キロメートル程度の速さで約四メートル進行し事故車の運転台附近が本件安全地帯中央附近に差しかかつた頃、安全地帯中央附近から人が出て来る気配を感じ、その後約4.7メートル進行した頃事故車の右サイドミラーによつて同所附近で原告がふらついているのを認めると同時に「はねた」という叫び声を聞き制動をかけ約四メートル進行して事故車を停車させたところ、当初人の気配を感じた附近より稍や南寄りの辺りに原告が転倒しているのを認めたこと。

3事故車は、車高2.8メートル、車幅2.49メートル、車長9.08メートルの運転台が同車の最前部にあるキャブオーバー型であつて、運転手席から前方左右(殊に右)の見通しの良い車両であり、本件事故車右側前端部から約1.4メートル地上から約1.3メートルの部分、右アングル角部分、右後輪の前附近にある道具箱、にそれぞれ埃りがそれた箇所が認められたこと。

4、原告は、市電中央乗降口から安全地帯中央附近に降り、南行用信号機の表示が赤色であることと、南行車道を北方から南進して来る事故車の前照灯の灯火とを認めたが、同車が停車するものと考え、横断歩道によらずに安全地帯から直接東側歩道へ横断しようとしたところ事故車に接触転倒し事故車の右後輪で轢過されたこと。

以上の事実が認められ、他にこれらの認定をくつがえすに足る証拠がない。

右認定の事実によれば、被告田上は、安全地帯で乗客が乗降中の路面電車である市電に追いつき、且つ市電から安全地帯へ降り立つた客があるのを認めていたのに拘わらず、その後は市電の右降車客の動向に注意を払わず、南行車道を横断し始める者は無いものと速断し、徐行その他の事故防止の措置をとらず漫然事故車を進行させた過失により本件事故を発生させたものというべきである。

従つて前示一の事実と相まつて、被告田上は民法七〇九条に基ずき本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

三、損害

(一)、治療関係費

原告の入院治療については当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、原告が南港外科病院へ入院した期間は昭和四三年四月二六日から同四四月一月二七日までの二七七日間であり、また、原告は同月二八日から原告の傷害が症状固定の状態となつた同年一二月八日までの間に二日間同病院へ通院し治療を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

そして、〈証拠〉を総合すると、原告の南港外科病院への入通院中の治療費等の未払い残額として、原告は同病院から金一、三九一、四一〇円の支払い請求を受けていることが認められる。

また原告は右認定のとおり二七七日間南港外科病院へ入院していたものであるが、この間に要する雑費は一日につき金三〇〇円程度であると推定するのが相当であるから、原告の治療関係に要した雑費は金八三、一〇〇円の限度で認める。

従つて原告が本件傷害によつて要した治療関係費は一、四七四、五一〇円であると認める。

(二)、逸失利益

〈証拠〉によれば、原告は本件事故当時大阪新薬株式会社の製造部主任として勤務(勤続三〇年余)していたところ、同社が従業員一五名程度の会社で定年退職制を採用していないことから同社の従業員は通常七〇才前後まで勤務することが多いにも拘わらず、原告は本件事故後同社への勤務が不可能となりやむなく退職するに至つたこと、本件事故の年の前年である昭和四二年中に原告が得た給与賞与の合計額は金九八六、九六八円であること、原告は明治三七年四月一〇日出生で本件事故当時満六三才一一ケ月の年令に達していたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そうすると原告は、本件事故に遭遇しなければ、年額金九八六、九六八円の収入を得る程度の稼働能力を有するものであり、また本件事故当時の原告の年令はほぼ満六四才と言い得るところ、同年令の男子の平均余命年数は第一二回生命表によれば12.51年であるから、前示の原告勤務会社での従業員の通常勤務年限をも伴わせ考慮すると、同余命年数の範囲内で原告は本件事故後なお六年間就労可能なものであると推定するのが相当である。そして、前示の原告の傷害および治療経過に徴すれば、原告は本件事故後二年間は稼働能力を完全に失い、その後四年間は同能力を八割失うものと推定するのが相当であるところ本件事故後二年経過後の四年間の分については年毎ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故後二年経過当時(ほぼ本件提訴時頃。なお本件記録上本件提訴が昭和四五年四月一一日であることは明らかである。)の現価としたうえ、原告の六年間の逸失利益を算出すれば、次の1、2、の合計額3のとおり金四、七八八、二一六円となる。

1、本件事故後二年間の分 金一、九七三、九三六円。算式 九八六、九六八円×二=一、九七三、九三六円

2、1、の期間経過後四年間の分

金二、八一四、二八〇円。

算式 986,968円×0.8×3.5643(ホフマン係数)=2,814,280円

(但し一円未満切り捨て。)

3、逸失利益の総額(1、2、の合計額)

金四、七八八、二一六円。

算式 一、九七三、九三六円+二、八一四、二八〇円=四、七八八、二一六円

(三)、附添費用

〈証拠〉によれば、原告は南港外科病院へ入院中歩行不能のため附添看護を要し原告の妻が附添つたことが認められる。そして前示の原告の傷害の内容程度に徴すれば、原告は同病院退院後も前示の平均余命である一二年間附添を要し、また附添費として、本件事故後入院期間中(二七七日)は一日につき金一、二〇〇円、同期間経過後一一年八八日間は一日につき金六〇〇円を要するものと推定するのが相当であるので、右入院期間経過後の最初の一年八八日間の分については全額、残余の一〇年間の分については年毎ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故後二年経過当時(ほぼ本件提訴当時。なお前記(二)参照。)の現価としたうえ、右余命年間に要する附添費用を算出すれば、つぎの1、ないし3、の合計額4、のとおり金二、三四四、一三三円となる。

1、入院期間中の分 金三三二、四〇〇円。

算式 一、二〇〇円×二七七=三三二、四〇〇円

2、入院期間経過後の最初の一年八八日(即ち四五三日)間の分 金二七一、八〇〇円。

算式 六〇〇円×四五三=二七一、八〇〇円

3、残余の一〇年間の分 金一、七三九、九三三円。

算式 600円×365×7.9449(ホフマン係数)=1,739,933円

(但し一円未満切り捨て。)

4、附添費用の総額(1、ないし3、の合計額)

金二、三四四、一三三円。

算式 三三二、四〇〇円+二七一、八〇〇円+一、七三九、九三三円=二、三四四、一三三円

(四)、慰藉料

前示の原告の傷害の内容程度および入通院治療の経過に徴すれば、本件受傷によつて原告が受けた精神的肉体的苦痛は大きく、これを慰藉するには金銭に評価して金三、〇〇〇、〇〇〇円を要するものと認められる。

(五)、過失相殺

前示(二)の2、に認定の事実に徴すれば、原告は南行車道を南進して来る事故車の前照灯の明りを北方に認めながら、南行用信号機の表示が赤色であつたため同車が停車するものと速断し、その後は同車の進行状況に注意を払わず、安全地帯から東側歩道へ移るため、漫然南行車道へ歩を進めた結果本件事故に遭遇したものと推認される。そうすると本件事故については原告にも過失があるので、本件損害額につき過失相殺するが、前示の被告田上の過失の態様、人と大型車両との接触事故であることを考慮し、本件損害額から三割を減ずることとする。

なお被告田上は過失相殺の主張をしていないが、民法七二二条二項の過失相殺における被害者の過失は賠償額の範囲に影響を及ぼすべき事実であるから、裁判所は訴訟に現われた資料に基づき被害者の過失があると認められる場合には、賠償額を判定するについて職権をもつてこれを斟酌することができると解すべきであつて、被告から過失相殺の主張があることを要しないものである(最高裁判所昭和四一年六月二一日最高裁判所民事判例集二〇巻五号一〇七八頁、同昭和四三年一二月二四日同判例集二二巻一三号三四五四頁、各参照。)から、被告田上についても斟酌することとする。

そうすると本項(一)ないし(四)の合計金一一、六〇六、八五九円からその三割を控除した金八、一二四、八〇一円(但し一円未満切り捨て)が過失相殺後の原告の被告両名に対する損害金である。

(六)、弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らが本件事故による原告の損害金を任意に支払わないので、本件訴訟の提起と追行とを原告訴訟代理人らに委任した際、報酬を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、前示認容額などに徴すれば、原告が本件事故による損害として被告らに請求し得る額は、金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

四、結論

よつて、被告らは各自原告に対し三の(五)の残額と同(六)の弁護士費用との合計金八、六二四、八〇一円およびこれらのうち弁護士費用を除いた金八、一二四、八〇一円に対する、被告成田については本件訴状の同被告方送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年五月一五日から、被告田上については同訴状の同被告方送達の日の翌日であること記録上明らかな同年一一月八日から、いずれも支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言については同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(本井巽 斎藤光世 中辻孝夫)

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